静坐の友(季刊誌)

第18号 なせば成る 柳井市 海田 嘉憲 氏

 白寿のスイマーとして、NHKはじめあらゆるテレビで放映され、マスコミの話題をさらった長岡三重子さんが、去る十月二日、地元の田布施中学校前項生徒を前に講演された。

 テレビで私もそれを視聴したが、司会者の座右の銘のようなものはという問いに答えて

 なせばなる なさねばならぬ何事も ならぬは人のなさぬなりけり

 このことばを私は若い時から心にとめて生きて来ましたと言って降壇された。

 数日して訪宅し、ことばの作者をたずねたところ、それをあなたに聞いてみたかったと言われ、調べてみることを約してその日は帰宅した。

 翌日住持仲間に聞いたりしたが、ことばそのものは皆知っているが誰のことばか知っている者は居なかった。ところが数日して数名の方から連絡があり、そのことばが、江戸中期の米沢藩主上杉鷹山のことばであり、地元(山形県)ではそれが石碑に刻んであるとのことで、そのように人口に膾炙しているのではと言うことがわかった。スマホンなどの機器の偉力に触れさせて貰った次第である。

 長岡さんについては私も地方誌(柳井日々)に二度にわたって紹介したが、八十才で水泳を始め、四年後には国内はもとより各種世界大会にも、息子さんと一緒に出場し、現在まで世界記録十八、日本記録の保持者で、今も週に三日プールで三時間泳いでいると言う、まさに「なせば成る」の誇るべき具現者であると言えよう。

 その後元教育長U氏により届けられた資料によれば、広池幹堂著「世界に誇る日本人」―二十一世紀に伝えたい日本の心―九人のトップに財政再建の名君として鷹山が挙げられており、ケネディも「私の尊敬する日本人」としてあげていたということを知らされ、ことばの重荷を改めて痛感したことであった。

 ちなみに、先日訪ねた時貰った平成二十六年度百才での大会出場予定を付記して筆を置く。

 一月十八〜十九(千葉) 二十五〜二十六(大阪)
 二月十五〜十六(千葉) 三月(千葉)
 四月(松山)(広島)  五月(大阪)
 六月(広島)      七月(東京)

 つぎに私の近況を少々記してみます。

 毎朝の八幡宮で参座、小学校運動場でのラジオ体操、電動自転車による一〜二時間のサイクリング、毎週西福祉センターでの小学生相手の習字教室、それに毎朝大人の「語る会」(井戸端会議)を二回、いずれも今のところ楽しみながら続けています。